こんにちは、ユキムラです!
織田信長といえば、戦国時代に1階の大名から全国統一まで、あと間近に迫った有名な人物ですよね。
その信長が初めて本格的に造った城が、愛知県にある【小牧山(こまきやま)城】といわれています。
その城には戦国時代の常識を覆す、画期的な造りをしていました。
そこで今回は小牧山城を攻めて、その秘密に迫ってみましょう!
小牧山城ってどんな城?
小牧山城は愛知県小牧市の「小牧山」にあった、戦国時代のお城です。
かつてこの地を治めていた【織田信長】が、隣国美濃(現・岐阜県)の「斎藤道三」を攻めるために築かれたと言われています。
後に美濃を攻略した信長は、この城から【岐阜城】に移って、一旦廃城となります。

しかしその約20年後、豊臣秀吉と徳川家康の間で勃発した【小牧・長久手の戦い】で、再び小牧山城が使われることになります。
この戦い後、小牧山城は再び廃城となりますが、現在でも堀・土塁などの遺構を見ることができます。
小牧山城を攻める
小牧駅からスタート

ではさっそく小牧山城を攻めていきましょう。
今回は電車でアクセスしたので、最寄りの【小牧駅】からスタートです。

駅前には小牧山城の「最寄り駅」だということを実感できる掲示物もありました。

ここから徒歩で向かいますが、以外と距離があります。
城は見えているのですが、なかなか近づくことができません。

小牧駅からはバスが出ているので、そちらを使った方がいいですよ!

小牧駅を出発してから約30分、ようやく城の麓までやってきました。
近づくと以外と高い山だと実感します。

麓には合瀬川という川が流れていました。
「この川は昔、外堀だったのかな?」
そんなことを想像しながら眺めると、とても面白く感じます。

小牧山城の中に入りました。
今回は【山北橋口】という場所から入り、搦手口方面から登りましたが、分かりやすいように【大手口】からご紹介します。
小牧山城案内図

登る前に小牧山城の全体図をご紹介します。
【小牧山史跡公園】てして整備されていて、とても綺麗な状態で見ることができます。
小牧駅からバスで来た場合、大手口近くにバス停があるのでとても便利ですよ!
復元土塁・空堀

大手口付近にやってきました。
ここから見られるのは、迫力ある土塁です。
高さは6〜7mくらいあるでしょうか、復元された土塁ですが、この高さなら鎧を着た兵士は登ることは不可能でしょう。

土塁の横には通路が整備されているので、上から眺めてみましょう。
すると「空堀」も見ることができ、その迫力を実感することができる場所でした。
大手道

小牧山を登っていきましょう。
写真の道は【大手道】ですが、一直線の通路が伸びています。
信長の城には特徴があって、通路が一直線に作られていることです。
普通の城はワザと通路を曲がらせて、攻める兵を妨害する役割があるのですが、信長がどういう思いでこのようにしたのかは不明です。
このような城は他に、安土城などがあります。

道の途中には【小牧山稲荷神社】がありました。
お城と神社は、もはやセットといっても過言ではないでしょう。

それにしてもこの大手道は、真っ直ぐ続いていますね。
夏場はスズメバチが出るみたいなので、お越しの際にはご注意ください。

道はさらに続きますが、山頂は途中で右に曲がります。
おそらく元々の道は、こちら側だったのでしょう。

道は階段から、舗装なしの泥道となりました。
当時もこのような道だったことが実感できます。
山頂部石垣

細い大手道を抜けると景色は一気に開け、天守閣が現れました。
しかし注目してほしいのが、その下にある【石垣】です。

この石垣は二段になっていて、織田信長が築いたものとされています。

石垣の下には【石畳(いしだたみ)】もあり、戦国時代から残っているものと考えると、改めてロマンを感じますね。

これらの石垣は人工的に削られている場所があり、名古屋城に転用されたといわれています。

400年もの歳月が流れると石垣も崩落する場所もあり、「転落石」として展示されてる箇所もありました。
小牧山歴史館

次は小牧山城の山頂にある【小牧山歴史館】をご紹介します。

中は小牧山城と織田信長の歴史が紹介されている資料館になっていて掲示物の他、映像でも学ぶことができるので、とても面白かったです。
資料は撮影禁止でした。

この資料館の見どころは「絶景」もあります。
360°のパノラマを眺めることができ、天気がいい日には名古屋から岐阜城・犬山城も見渡すことができるみたいですよ。

今回はあいにくの雨模様でしたので、近場の小牧市街地を眺めて終えることにしましょう。

1階には秀吉・信長・家康の家紋をバックに、記念写真を撮れるブースもありました。

私は記念写真より、記念メダルを優先しました。
「麒麟の城」と書かれたメダルと1枚撮りましょう!

歴史館には御城印も販売されています。
信長・家康のそれぞれの家紋が描かれたものがありましたが、私は信長バージョンを選びました。
搦手口(裏口)

さて、ひと通り歴史館を見終わったので、下山しましょう。
帰りは行きと違い、搦手口(裏口)へ向かって歩きます。

こちら側の方が、戦国時代の面影を強く残していて、土塁などの遺構が多くありました。
見ていてとても面白かったです。

搦手口に向かう通路は、少し分かりづらい迷路のようになっていて、城特有の造りになっています。

しかし所々舗装されていて、車が通れるようになっています。
少し残念なところですね。

搦手口に近づくに連れて、道は勾配がキツくなり、つづら折りの道となっていきます。
山城の醍醐味が、ここにあるのです。

そしてしばらく進むと道が終わり、搦手口へと到着です。
山城の攻めにくさを体感できる通路でした。
土塁断面・井戸

再び山の麓に下り、ちょうど大手口から正反対側までやってきました。
こちらにも土塁の痕跡を確認できます。

しかも土塁の断面を見学することができ、当時の築城技術を間近で体感できました。
このような展示はとても分かりやすいので、どんどんやってほしいです。

裏手は静かな公園といった感じになっていて、ゆっくり散策することができました。

途中には井戸の跡もあり、公園の風景の中にもしっかり城の痕跡が隠れています。
以上で小牧山城の攻城を終えることにしましょう。
小牧・長久手の戦いと小牧山城

織田信長の転居後、再び小牧山城が脚光を浴びるときがきます。
それが【小牧・長久手の戦い】です。
豊臣秀吉と徳川家康・織田信雄連合軍との間で争った戦いとして有名です。
このとき家康と信雄が入ったのが【小牧山城】でした。
元々城であった小牧山は砦としての機能を十分に発揮し、秀吉軍を打ち破ります。
この後秀吉と家康は和解し、役割を失った小牧山城は再び廃城となるのです。
アクセス

最後に小牧山城へのアクセスをご紹介します。
【公共交通機関】
名鉄小牧線「小牧駅」より、名鉄バス「岩倉駅行」・ピーチバス・こまき巡回バス(こまくる)に乗車、「小牧市役所停留所」下車すぐ。
【車】
東名高速道路「小牧IC」より約5分。
小牧山城北側に有料駐車場あり。
最後に
いかがでしたか?
織田信長が最初に築いた城は、家康によってさらに拡張され、戦国時代に欠かせない城として活躍しました。
信長・秀吉・家康と、戦国時代のオールスターキャスト全員が関わるといった城は、そうそうありません。
近くにお越しの際にはぜひ立ち寄って、その痕跡を辿ってみてはいかがでしょうか。
それではこのあたりで!

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