こんにちは、ユキムラです!
みなさんはお城といえば、どんなお城を思い浮かべますか?
石垣・天守閣があり、The観光地という印象があるでしょう。
しかし戦国時代前半は、そんな立派な建物はありませんでした。
その時代にどんな建物が建っていたのか、体験できるお城が【逆井城(さかさいじょう)】です。
そこで今回は、逆井城を攻めて戦国時代を体感していきましょう。
逆井城の歴史

逆井城は茨城県坂東(ばんどう)市にある平山城で、別名【飯沼(いいぬま)城】とも呼ばれていました。
元々はこの地を治めていた【逆井氏】によって築かれましたが、後に勢力を拡大してきた【後北条(小田原北条氏)】によって、新たに拡張整備されたとのことです。
この地は飯沼という沼を境に国境があり、後北条・佐竹・結城氏などが勢力を争っていて、とても重要な拠点でした。
しかし、豊臣秀吉による小田原征伐により北条氏は滅亡し、逆井城も廃城となりました。
現在は【逆井城跡公園】として維持されており、城内では3月下旬〜4月上旬にかけて、桜が見られます。
また、4月には【逆井城まつり】が開催されますよ。

お城は非常にコンパクトですが、戦国時代をイメージできるスポットですよ!

城を攻める

それではさっそく城を攻めていきましょう。
逆井城へのアクセスは、車のみとなっています。
城への入口は、大通りより少し中へ入った場所にあり、立て看板が目印です。

城の見取り図がありました。
そんなに大きな城ではないですが、コンパクトにまとまっており、重要な拠点だと実感できます。
北条氏特有で見られる【土の城】ですね。

城の入口に到着しました。
立派な冠木(かぶらぎ)門が建っています。
戦国時代の特徴的な門の1つですね。

門をくぐると、さっそく城内の建物を眺めることができます。
このような土の城に建物が復元されるのは、とても珍しいことです。

中央に掛かる橋の奥に門が見えますが、これが大手門です。
当時はこの橋を渡って城内に入れるようになってたと思われますが、現在は写真の右側から入ります。
橋は渡ることができませんでした。
今私が立っているところは掘があったようですが、現在は消失しています。

門の横には土壁と穴が無数に開いていますね。
これが【狭間(さま)】と呼ばれる、城側からの攻撃設備です。
敵が攻めてきた時には、この壁を1枚隔てて敵と向き合うことになります。

長方形の形をしていることから、弓矢で攻撃する【矢狭間(やざま)】です。
ここからのぞむと、城を守る側の兵になった気分を味わえますよ。
身を隠しながら攻撃できるのは、城側には大きなメリットがありますね。

橋の先にあるのが【大手門】です。
現在は橋が渡れず大手門もくぐることはできません。

次は逆井城のメインである【二層櫓(やぐら)】を攻めてみましょう。
ひっそりとした田舎に佇む立派な櫓は、かなり違和感がありますね。

そしてこの二層櫓は中に入ることができ、周囲を見渡すことができるので、行ってみましょう。
スリッパがあるので、履き替えてくださいね。

櫓の中には逆井城の歴史を解説した掲示板と、中心には階段があって上に登ることができます。

さっそく登っていきましょう。
階段は上にいくほど暗くなっていくので、足元に注意してください。

櫓の上部に登ってきました。
明るいのは櫓の木戸を開けたためで、私が登ってきたときは真っ暗でした。

さっそく外を眺めてみましょう。
逆井城の城内がよく見渡せます。
先ほど通ってきた大手門や、

木橋・土壁・冠木門などが一望できます。
ちょうど車が通ったので、大きさを比較してみました。
なかなかの迫力だと分かりますよね。

櫓の上部は周回することができる回廊があるので、360°の風景を楽しむことができます。
大規模な外堀があり、幅は10mくらいはあったと感じました。

堀の端には水が貯まり、水堀のようになっていました。
こちらにかつて、飯沼があったのかもしれません。

回廊からは他にも、井楼矢倉と呼ばれる建物が見えました。
後で行ってみましょう。
二層櫓の回廊を一周した動画を撮ったので、櫓に登った気分を味わってみてください。

二層櫓の隣りには武器庫なども復元されています。
けっこう本格的な造りなので、思わず見入ってしまいました。

【井楼矢倉(せいろうやぐら)】です。
逆井城に復元されたこの矢倉は、米などを蒸す蒸籠(せいろう)と同じように、方形材を組み合わせたものです。
主に次のような役割がありました。
- 物見矢倉として城外にいる敵の見張り
- 城内の味方の様子を確認する
いわゆる監視場所だったんですね。

このような矢倉が発展していったものが【天守閣】になります。

かつての本拠地小田原城にも、このような櫓が無数に建っていたと思われます。
中には残念ながら、入ることができませんでした。
間近で迫力を楽しんでください!
復元建物群の【大手門〜井楼矢倉】まで歩いた動画もあります。
逆井城の雰囲気を感じてみてください。

逆井城には復元された建物以外にも、当時の遺構はよく残っています。
それが【土塁と掘】です。

特に一曲輪と東二曲輪間にある掘はよく残っていて、その規模を実感することができます。

また逆井氏時代の掘も活用されていたとみられ、現在も深さが分かるほど残っていますよ。

東二曲輪は広いスペースがありました。
当時は屋敷などがあったのでしょうか。
この曲輪には桜が多数あり、季節になると花見が楽しめそうですね。

一曲輪と東二曲輪のアクセスには、二階門と木橋によって繋がっています。
橋では撮影されてる方がいたため、堀底から撮ってみました。

二階門の前には他にも、逆井城の石碑がありました。
木がなければ、二階門とセットで撮影できたかもしれませんね。

逆井城から北側には、田んぼが広がっています。
かつてはこの場所に、広大な【飯沼】がありましたが、江戸時代の水田開発に伴い、沼は消失しました。

逆井城の最後は【鐘掘池(かなほりいけ)】にやってきました。
この場所は悲劇の逸話が残っています。
逆井氏が城主の時代、後北条氏に攻められ城は落城しました。
その際、城主の妻または娘は釣鐘を被ってこの池に身を投げ、最期を迎えたと伝わっています。
後年、この鐘を探そうとして何人もの人がこの池を掘ったことから、「釣鐘池」という名前の由来となっています。

当時はもっと深く、水も貯えていたと思われますが、現在は水はありません。
アクセス
逆井城へのアクセスは、車一択となります。
常磐道【IC】

最寄りの観光スポット
【国王神社】
平安時代初期に坂東を支配した【平将門(まさかど)】を祀った神社です。
関東に独立した国をつくろうとした将門が、討伐・最期を迎えた地に建立された神社として知られています。
逆井城からは車で20分ほどなので、近くまでお越しの際はぜひ寄ってみてください。
最後に
楽しんでいただけましたか?
逆井城は戦国時代の建築を、間近に感じられる建物です。
戦国ファンの方はぜひ1回行ってみると、当時を想像できて楽しめるスポットですよ。
それではこのあたりで!

コメント